温厚?顔

時津風親方

弟子の17歳の力士(時太山=本名・斉藤俊さん)が

名古屋場所前の稽古中に急死した事件は

時津風親方や兄弟子たちから

ビール瓶や金属バットで殴られた

集団リンチによる傷害致死だったらしい。

おまけに、遺族に無断で斉藤さんを

火葬する準備をしていたのが、

暴行の痕跡を隠そうとした

隠ぺい工作ではないかと

疑惑が持ち上がっている。

なんちゅう、極悪非道な野郎、

親方どころか人間の資格もねえ!

と、

言いたいところだけど、

困ってしまう。

・・・実はこの親方、非常に温厚な性格で

周囲からは人格者として見られていたそうな。

娘さんといっしょによく犬の散歩していて

会えば必ず律儀に挨拶もするし

近所では大変に評判が良かったとか。

病床にあった先代親方が、

そのまじめな人柄を見込んで

部屋付き親方から後継者に抜擢したという話もある。

そういえば、以前朝青龍が出げいこで、

部屋の豊ノ島を荒っぽい稽古でケガさせたとき、

『若手を壊して恐怖感を与えることしか考えていない』

と激怒したという、ある意味弟子思いの

有名なエピソードもあったね。

そんな人がなぜ・・・ということになるんだけど

人間ってそういうもんだってことなのかもしれない。

第二次世界大戦が終わって、

世界中の心理学者が興味を持ったのが

アウシュビッツの看守の性格だったそうな。

よっぽどサディスティックな性格異常者だと

思われていたんだけど

どんな心理テストや実験をやっても

元収容所の職員たちに際立った異常は見られず

ごくごく普通の健常な精神の持ち主ばかりだったんだって。

ガス室で大量殺人を遂行した人が

家に帰ってはよき夫であり、パパであったのだ。

同じように、原爆を落としたパイロットも異常者ではなかったし

あのヒトラーですら、残忍暴虐な性格、

浪費家で激情的なイメージは

ハリウッドその他によって作られたもので

実は論理的で理性的、

ストイックな菜食主義者だったとか。

つまり、性格と行為は必ずしもつながらないんだ。

それでは、なぜ人はどこまでも残忍になれるんだろう。

それは「物語を美化する」ことができるからだそうな。

人間が動物と一番違うのは

「物語」の中に生きていること。

動物にとっての世界はただの現象にすぎないけれど

人間にとって、その現象はすべて「物語」にくっついている。

宗教、イデオロギー、歴史、あらゆる社会常識。

たとえば、動物は「死体」を怖がらないけど

人間は「死体」を恐怖するよね。

それは、死という概念、つまり物語を持っているからでしょ。

ところが、この「物語」は相対的なものなので

百人いれば人間は百通りの物語の中で

暮らしていると言っていいじゃない?

もし「死」が物語として正当化、または美化されれば、

恐怖は克服されるというわけだ。

カミカゼ、原爆、アウシュビッツ、

動物が絶対しないような不可解な行動を

人間が出来てしまうのも、人間が自分が暮らしている

物語の世界を正当化し、美化する能力があるからってことになる。

話が元に戻るけど、それじゃ今回の事件の裏には

それぞれどんな物語があったのか。

まったくの推測でしかないのだけれど、

少年の親にとっては

「反抗的で未熟な息子を、

相撲部屋なら鍛え直してくれる」

親方にとっては

「部屋の秩序を守ることを

体で覚えるのが、人格向上の近道」

兄弟子たちにとっては

「下の者が上の者に従うのは当然で、

逆らうものには罰を与えなければいけない」

そして、少年の住んでいた世界では

「自由を求めるには、

反抗するか脱走するかしかない」

というような物語だった。

温厚な親方が激怒したんだからこの少年は

よっぽど反抗的な言葉や態度をとることもあったんだと思う。

そして実際上は、皆の持っている

物語では事態がうまく展開しない。

それなのにそれぞれが自分の物語を

正当化、固執してよけいに事態を悪くしていく。

つまり、それぞれがそれぞれの物語を

誰一人信じて疑ってなかったのだ。

結果的には

親方が、逃げ出した弟子を力ずくで連れ戻し、

兄弟子たちと制裁的なリンチを加えて

殺すという凄惨な事件になってしまった。

物事がうまくいかないときは、

まず「物語」を点検することが必要だと

この事件から強く感じたなあ。

でも、他人の物語をとやかく言うより

まっさきに自分の物語の点検からはじめないとどうしようもない。

自分は棚に上げて、人の物語にケチをつけることこそが

まさに、自分の物語の正当化であり、美化なんだもん。

物語のためには、人間はどれだけでも

残忍になれるのは歴史が証明している。




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