読み上げ顔

中山成彬文科大臣

福岡であった地方議員や市民が参加する集会で

物議をかもしている「従軍慰安婦」という言葉が

戦時中はなかったという自身の発言を

支持するメールを読み上げたそうな(7/10)。

「若い方々は本当に真剣に考えている。

ありがたい」と紹介したとか。

メールの送信者はカナダの大学院で学ぶ

20代の日本人女性だそうな。


「そんな言葉は当時ありません。

一部の日本人が自虐的に

戦後作った言葉ですよね」


すばらしい。その若さで自信持って断言しているところをみると、

きっとタイムマシンで戦時中に行って調べてきたのに違いない。

あいにくワタシのウチにはそんな優れた機械はないので

ほそぼそと現代で調べてみると

確かに「従軍慰安婦」というのは戦後作られた言葉のようだ。

千田夏光という人が1973年に書いた小説のタイトルが最初で

どうやらそれが一般に広まったらしい。

だけどもしメールの彼女が戦時中にタイムトラベルして

当時の人に「従軍慰安婦」という言葉を知っているかと

尋ねたとしたら、案外言葉は通じたはずだけどな。

当時は慰安所従業婦(いあんじょじゅうぎょうふ)と

いう違う呼称だったけど、略して

慰安婦と呼んでいたらしいから。

「従軍」を頭につけたって、それで意味を誤解することはないんじゃない?

ましてや「自虐的な」意味にはならないと思う。

なにしろその「慰安所」は、旧日本軍が設置して

主に軍専用施設だったそうだから。

おそらく彼女はタイムマシンで見当はずれな所を探してたんじゃないのかなあ。

当時カナダは日本領でなかったしなあ。

そうでないとすると、彼女は勘違いしてるのかも。

だって当の中山サンも「従軍慰安婦」という言葉は

戦争中はなかったとは言ったけど

「慰安婦」や「慰安所」の存在自体を

否定してるわけではないからね。

中山サンにメールをした彼女は

「イメージの悪い言葉を作って

ことさら悪事のように騒ぐのはなぜでしょうか」

疑問を投げかけているんだそうだ。

イメージが悪いって、公営売春宿のことかな。

だけど売春宿がイメージが悪いというのは

現在、非合法にしている政府のせいだよね。

戦後、売春防止法が施行されて

そういうイメージを持つよう国民が教育されたからだ。

当時は軍や政府が公認してた売春宿(慰安所)が

あちこちにあったんだから、

そこで従業していた日本人女性にしても、

中国、韓国、台湾その他の国々の女性にしても

売春自体は悪事ではなかったんだ。

本人の意思でプロとして営業してる分には。

悪いとしたら、慰安婦さんにちゃんとした労働対価を与えなかったり

過酷な労働条件を強いたり

本人にその意思がないのに無理やり就業させたことでしょう。

「ことさら悪事のように」騒いでいるのはその部分だと思うけど。

ところで、ワタシは彼女が疑問を投げかけたように、

なんで「言葉はなかった」と騒ぐのかが、聞きたいよ。

「従軍慰安婦」という言葉は戦争中はなかったというのは

たとえば「皇居」という言葉は

戦争中なかったと言うのに等しいじゃん。

ワタシたちがふだん使っている「皇居」という言葉は

実は戦後作られた。1948年以降の呼称なのだ。

それまでは(もちろん戦争中も)「宮城(きゅうじょう)」だ。

「従軍慰安婦」も「皇居」も戦後できた言葉だけれど

存在自体はちゃんとあったんだから、

「戦争中はそんな言葉なかった」なんてワザワザ

紛らわしいこと言う必要ないよねえ。

トリビア情報としてもあんまり面白くないもの。

ひょっとしたら、中山サンとしては、

逆に紛らわしいこと言って、

メールの彼女みたいに勘違いしてほしいのかな。

文部科学大臣なのにねえ。

う〜ん、なぜだろう。

つまりだな・・・要するに、煎じ詰めると、

国民に信じてほしいのではないだろうか。

「日本の指導者は、

決して間違ったことはしない。

過去も現在も。

だから、現在の指導者である

自分たちをもっと信じろ!」と。

気持ちはわからないでもないけどさ。

でも、それじゃあ、天安門事件を

自国の教科書に決して載せようとしない

中国政府の指導者たちと

目的は同じ

だよなあ・・・

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