不信心顔
石原慎太郎
東京都知事
報道ステーションに生出演(11/8)
古舘伊知郎キャスターのインタビューに
かなりヒートアップ、
丁々発止のやりあいが面白かったぁ!
古舘サンは日米関係、改憲問題、日中問題、
自衛隊イラク派兵、北朝鮮問題、国旗国歌問題と、
次から次へと国民注目の話題を振り、
時に鋭く反論し、時に期待に見せかけた挑発を繰り返し、
石原サンの頭にどんどん血をのぼらせた。
まるでヘビー級のマイク・タイソンに対して、
トリッキーなミドル級・須藤元気が
勝負を挑んでるようなスリリングな展開。
最初のうちは石原サンも、古館サンも半身の姿勢で
対話していたけど、しだいに正対しちゃって、
テレビカメラを無視、茶の間は
二人を真横から見る格好になってしまった。
まるで居酒屋の口論を、カウンターの内側から見るような構図だ。
二人のあまりの勢いに、コメンテーターの
加藤さんにはもはや一言も口を挟むチャンスがない。
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古舘サンの挑発のおかげで、問題発言や暴言がイロイロ
出てきたんだけど、中でも印象的だったのが、
やっぱり、「国旗国歌強制問題」だったなあ。
天皇陛下の「強制でないのが望ましい」という
例の発言について意見を求められ、石原さんは
「強制してるんじゃないよ、
指導をしてるんだ!」
だって。う〜ん。さすがは芥川賞作家だ。
表現がうまいなあ。言語感覚が違うね。
でもそうするとどうやら、陛下も勘違いをされて
いらっしゃることになるみたいだから
この際、是非とも正しく陛下に国語を
指導してさしあげてほしいな。
そうだよね。昔、日本の学生さんが大勢
兵隊さんになって戦場に行ったそうだけど
たとえばあの「学徒出陣」だって、強制じゃなくて、
きっとただの指導だったのかもしれないし。
★
ところで、ワタシが前から一番問題だと思ってたことが
古舘サンのつっこみで、明らかになったんだよ。
それは、石原慎太郎都知事が、実は
国旗も国歌も
信じていない
ということだ。
↓
↓
↓
古舘サンがこう振った。
「もう、自由にまかせればいいじゃないですか」
答えて石原サン
「自由にまかせる?
そんな馬鹿なことがありますか!
アナタね、どこの国だって自由にまかせてやってませんよ」
古舘サン
「学校で日の丸掲げなくても
アジアカップで若者はこう、日の丸(の小旗)降ってるから
まあ、いいじゃないですか」
石原サン
「それはだね、サッカー見にいってるのは
小学生や中学生だけでない、
フツウのオトナもいるわけでしょ、
わたしは(声を荒げ)そりゃアナタがおかしいと思うよ。
どうかしてるんじゃないか、キミ」
このへん、石原サンかなり興奮してしまって、
なんか理論が良くわからないけど、
要するに石原サンは、自由にまかせて
指導もせずにほっておいたら、
国旗も国歌も、子どもたちからは愛されないし
定着しないと思っているようだ。
でもそれって、つまり、
日の丸も君が代も、それだけの力がないと
思っていることになるよね。
素晴らしいデザインであれば、だまっていても
人々はその旗を好きになるだろうし
美しいメロディと歌詞であれば、
人々は自然に口ずさむもんでしょう。
それは大人に限らず、子どもだってそう。
だけど、日の丸にしても君が代にしても
それだけのもんじゃないと。
そんなたいしたもんじゃないと。
自由にまかせてほっておいたら、ばかな教師たちの
自虐史観にあっというまにやっつけられて
棄てられてしまうナサケナイものなのだ。
こんなのを信じるなんて、おかしいと思うよ。
どうかしてるんじゃないかキミ。
つまり、日の丸のデザイン
君が代のメロディと歌詞の力を
一番信じてないのが石原慎太郎サン
ご本人ということになるではないか。
★
うーん。だけどそりゃあんまりだなあ。
信心が足りない。
靖国神社にお参りすりゃあいいってもんじゃないでしょ。
日の丸も君が代も、もっと心から信じてくださいな。
人に指導する前に。
そしたら、気がつくと思うんですけど。
人々が反発するのは、デザインやメロディのせいではなくて
強制したり、無理やり従うよう指導する
姿勢そのものだってこと。
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